『フランス19世紀同時代人ギャラリー』について
日本大学芸術学部教授 木村三郎
平成24年3月15日
本HPは、日本大学芸術学部・共同研究「アート・アーカイブ構築についての基礎研究」(平成16年度・2004-23年度・2011)の研究成果である。
このデジタル・アーカイブの場合、およそ撮影点数は、1000点を越えている。その撮影は、芸術学部写真学科在学時代に高度な撮影技術を習得し、その後、大学院芸術学研究科で学んだ、以下の三人の献身的な作業のお陰である。比嘉飛鳥(前京都国立博物館・前ア―ト・ドキュメンテーション執行役員)、中川裕美(ア―ト・ドキュメンテーション執行役員・「平成23年度文化庁:文化関係資料のアーカイブの構築に関する調査研究」調査主任)、そして、特に、作業の後半に、大きな力となった打林俊(大学院芸術専攻博士課程後期在籍)の各氏である。また、当初は、カード作りから始めた基礎データの調査と記録には、やはり同大学院修了の太田瑞穂氏(ア―ト・ドキュメンテーション学会執行役員)の尽力が基礎となった。
その際には、本共同研究の当初の共同研究者でもあり、『同時代ギャラリー』の提案者でもあった写真学科主任・高橋則英教授の御好意が前提にあった。機材、撮影空間の手配、撮影技術の指導等に、格別のご好意をいただいたことに感謝したいと思う。
以下に、この共同研究についての基本的な考え方を述べておきたい。
通常、巨額な資金を得て行われるデジタル・アーカイブ研究の場合、しばしば、外部の撮影技術会社への、大幅な外注という方法が選択される。本研究の場合も、無論、優れた制作で著名な、コオリ・カンパニー(氷野洋一氏)への外注を行っている。しかしながら、我々の方法には、外注以前に、自前の膨大な制作努力があった事実を先ず指摘しておきたい。
その理由は、一つには単純な根拠からで、限られた研究費では、1000を越える点数の画像を外注で撮影することは不可能だったからである。また、一方で、高度な学術情報を公開することに成功した、オウィディウス・サイトの制作過程で得心したことは、世に出回るデジタル・アーカイブが必ずしも、制作者たちの深い学識に基づいたものではない、という事実である。しかし、大学が公開するものは、やはりその背後にある英知、具体的には、大学院教育の核心である、制作担当者のゼミにおける研究水準を反映していなければ意味を持たない。
この『フランス19世紀同時代人ギャラリー』は、その意味からは、先ず、高橋則英氏とそのゼミで薫陶を得てきた諸君たちの、写真史研究と技術研究の成果であるといえよう。幸い、芸術学研究科には、一方で、フランス近代のカタログ美術史の方法を意識した、アート・ドキュメンテーションを軸とする、小生の担当するゼミが存在する(拙著『西洋近代絵画の見方・学び方』左右社、2011年、第二部・補遺一参照)。また、坂本満、森洋子、大西廣、大熊敏之各講師たちという、美術史学会における中心的な方々による、版画というイメージ媒体を強く意識した講義が平行して存在し、日々、院生諸君たちと研鑽を重ねることができる環境がある。そして、木村(政司)、向井、細谷各氏のデザイン領域のプロ集団からの貴重な尽力とその方法がある。
そうした学科横断であり総合芸術的な性格を持った、テキストとイメージ研究の蓄積が、この『同時代人ギャラリー』のデジタル・アーカイブ化作業の前提にあった。この『同時代人ギャラリー』の調査期間中に、パリに留学し、フランス国立図書館での研究成果が反映している打林君の論考にもそれらがにじみ出している。
共同研究のあり方からいえば、緩慢な作業の流れに懸念を持たれる方もいたことは事実である。実際、諸事情から作業が遅延を余儀なくされた時期もあった。しかしながら、我々は、デジタル画像のネット公開だけでなく、オウィディウス研究をはじめとした、共同研究の関係諸子が執筆した学術報告書の刊行を同時に進め、実現できた。幸い、そうした研究の学術性が評価をいただき、下記に示したように、小生のみならず、植月教授、川上、向井両准教授が、関連領域で科学研究費を取得できている。
他方で、手作りのデジタル・アーカイブ作成という処女航海には、高度な目標を目指しつつ、試行錯誤を重ねることこそが重要であったといえよう。長い航海を経て、ようやく、大学が制作すべきデジタル・アーカイブの形が見えたというべきである。時間がかかった成果として、基礎研究としての総合的な知見は豊かになったといえる。
第三点として、こうした過程で、作業に携わってくれた院生諸君が、皆、貴重な経験をし、その後、評価を得て、アート・ドキュメンテーション学会をはじめとした場で、役員として活躍してくれていることは、大きな副産物である。研究費使用の目的は、あくまで研究の成果物の実現である。一方で、有為な可能性を持った院生諸君たちが、その場所から羽ばたいてくれることこそ、大学の使命の一つでもあると確信している。幸い、中川、打林両氏は、写真芸術学会奨励賞を受賞している人材である。
現在の共同研究グループは、植月恵一郎教授、川上央・向井知子准教授、細谷誠専任講師で作られている。しかし、平成16年から始まった当初は、高橋則英、木村政司、丸茂祐佳、宮崎正弘教授が参加されていた時期もあり、それぞれの見識あるご意見が出発の基礎を作ってきたことを明記しておきたい。とりわけ、丸茂教授が、ORCの研究で大きな成果を挙げられたことは、同時並行の研究として大きな励みをいただいてきた。関係各位に深く感謝の意を表したいと思う。
未だ工事中というべき部分も残り、誤りもあろうかと思われる。ご活用いただいた方々の、ご叱責とご助言をお待ちする次第である。
業績一覧
この共同研究は、日本大学芸術学部の中にある8学科の学科横断と、学際性を追求したものである。従って、それぞれの専門性を生かし、各自が、本来の個別研究を行いつつ、「アート・アーカイブ構築の基礎研究」の一端も担っていただく、という趣旨を貫いて来た。アート・アーカイブ研究とは、芸術作品の一次資料研究が、その「基礎研究」を形成するからである。公開するデジタル・アーカイブを作成することも無論研究行為であるが、対象となるアーカイブ自体の歴史研究、そして、公開されたアーカイブを使った学術研究もその研究となっている。従って、アナログの論文という形式を取る場合も多く、全てがネット公開まで行かないものもある。しかし、我々の研究が、学術性の高い基礎研究を生み出し得てきたが故に、下記のように、科学研究費・審査委員諸子の高評価を得られたのではないかと考えている。
ネット公開が実現できたこの「フランス19世紀同時代ギャラリー」は、そうした共同作業から得られた知見の一部だとご理解いただきたい。以下に、その過程で生まれた業績を列記しておきたい。
★インターネット公開
木村三郎
オウィディウス『変身物語』Ovid's Metamorphoses
https://ovidmeta.cin.nihon-u.ac.jp
『西洋近代絵画の見方・学び方』参考文献
http://homepage3.nifty.com/saburo-kimura/TOP.htm
植月恵一郎
放送大学「Webロマン主義入門講座」
http://www.campus.ouj.ac.jp/~gaikokugo/romanticism/
の日本語版のうち、「エコロジーとロマン主義」と「ワーズワス」を担当。
細谷誠
『古今名物類聚』
http://www.hosoya.com/kokonmeibutsuruijuu/
★シンポジウム{代表者が、当該共同研究を背景に参加したものに限る}
2005-3-5 「日藝アート・アーカイブを考える」日本大学芸術学部・江古田校舎; 主催: 日本大学藝術学部研究教育・情報センター,
2005-11-15 木村三郎・シンポジウム(大学ミュージアム=アーカイブズを考える)研究発表「日本大学学術情報センターにおける試みとデジタル・アーカイブ」2005年11月15日 駿河台大学
2007-9-28 木村三郎・日仏美術学会シンポジウム・基調報告「挿絵・図像・出版文化・・・オウィディウス『変身物語』(1559 伊訳版、1651仏訳版)のデジタル・アーカイブ化の試みから」(共通テーマ「オウィディウス・挿絵・アーカイブ・・・デジタル時代の図像学を考える」)2007年9月28日、東京、日仏会館
2008-3-7 木村三郎・日本大学総合学術情報センタープロジェクト研究成果報告会(平成19年度)「日本大学におけるデジタル・アーカイブ作成の現状と展望」2008年3月7日 日本大学総合学術情報センター
2009-3-13 木村三郎・日本大学総合学術情報センタープロジェクト研究成果報告会(平成20年度)「日本大学総合学術情報センターにおけるデジタル・アーカイブ作成についての研究成果と展望」2009年3月13日 日本大学会館
★報告書
2005-3 木村三郎(編)『日藝アート・アーカイブを考える』日藝アート・アーカイブシンポジウム報告書。太田瑞穂「現代人の画廊(Galerie contempraine)についての調査報告」p.35-37、を含む
2007-3 木村三郎「デジタル・アーカイブ制作と近年における大学の事情について」『文部科学省オープン・リサーチ整備事業(平成17-21年度)ORCNANA報告書・公開講座・シンポジウム2005/2006』p.75-78.(共著・編集人・丸茂美恵子)
2010-3 木村三郎(編著)『デジタル・ミュージアム研究プロジェクト・報告書』日本大学総合学術情報センタ、丸茂、植月、川上各氏の論考も含む。
2010-3 向井知子・細谷誠(編)「山脇巌資料目録 日本大学芸術学部大講義室棟新築工事設計図」【写真資料考証】高橋則英【資料調査・編集補助】染谷史・他
細谷誠『古今名物類聚』デジタル・アーカイヴ
上記以外に、定義を試みた、対象となる一次資料への研究を行った場合の業績も刊行されており、当該研究の成果であると考えている。しかし、多数になることもあり、ここでは記述していない。ご関心のある方々は、それぞれの研究者の業績情報(Cinii等)等を参照されたい。
★競争的資金(当該共同研究が行われた期間に採択されたものに限る)
Ⅰ 科学研究費
木村三郎
研究種目 :基盤研究(B-1)
期 間 :2003年度~2005年度
研究課題名:17世紀フランスにおけるオウィディウスの挿絵と絵画の関係についての総合的研究
研究代表者:木村 三郎
研究 分野:美学・美術史
研究種目 :基盤研究(C)
期 間 :2007年度~2009年度
研究課題名:17世紀フランスにおけるイエズス会の挿絵本と絵画に関係についての
総合的研究
研究代表者:木村 三郎
研究 分野:美学・美術史
研究種目 :基盤研究(C)
期 間 :2010年度~2012年度
研究課題名:17世紀フランスにおける歴史画と挿絵本と絵画に関係についての総合的研究
研究代表者:木村 三郎
研究 分野:美学・美術史
研究 種目:基盤研究(C)
研究 期間:2009年度~2011年度
研究課題名:近代英国を中心としたエンブレムにおける聖と俗の表象に関する学際的研究
研究代表者:植月 惠一郎
共同研究者:木村 三郎他
研究 分野:英米・英語圏文学
研究種目 :基盤研究(B)
期 間 :2011年度~2016年度
研究課題名:ヴァールブルク美学・文化科学の可能性――批判的継承から新たな創造へ
連携研究者:木村 三郎他
研究代表者:伊藤 博明
研究 分野:美学・美術史
植月恵一郎
研究 種目:基盤研究(C)
研究 期間:2009年度~2011年度
研究課題名:近代英国を中心としたエンブレムにおける聖と俗の表象に関する学際的研究
研究代表者:植月 惠一郎
共同研究者:木村 三郎他
研究 分野:英米・英語圏文学
研究 種目:基盤研究(B)
研究 期間:2010年度~2014年度
研究課題名:文学研究の「持続可能性」―ロマン主義時代における「環境感受性」の
動態と現代的意義
研究代表者:西山 清
研究分担者:植月 惠一郎他
研究 分野:英米・英語圏文学
向井知子
研究 種目:若手研究(B)
研究 期間: 2006年度~2007年度
研究課題名:地域コミュニーケーションの活性化を目的としたメディアデザイン・プロジェクトの研究
研究代表者:向井 知子
研究 分野:メディア情報学・データベース
川上央
研究 種目:萌芽研究→挑戦的萌芽研究
研究 期間: 2007年度~2009年度
研究課題名:生態音響学に基づくサウンドデザインの研究と音響芸術への応用
研究代表者:川上 央
研究 分野:メディア情報学・データベース
Ⅱ その他の取得した外部研究費
向井知子
研究 種目:財団法人大川情報基金研究助成
研究 期間:2006年度~2007年度
研究題名名:「デザインの知」をデータベース化するための基礎研究
研究代表者:向井 知子
研究寄付金:財団法人大川情報基金